両シチリアから見る世界 第五話
の編集
Top
/
両シチリアから見る世界 第五話
[
トップ
] [
編集
|
差分
|
バックアップ
|
添付
|
リロード
] [
新規
|
一覧
|
検索
|
最終更新
|
ヘルプ
]
-- 雛形とするページ --
(no template pages)
[[両シチリアから見る世界]] *研究の時代 (1894~1915) [#lf62783c] **東アジアの夜明け [#qbe141fe] 1894年 ライン生産方式の研究に移行。ついでにこの時点での研究は 陸軍4/4/4/4/4 海軍3/4/1/1/1 商業1/1/1/3/1 文化1/5/5/4/1 工業5/4/4/4/5 日本が近代化! #ref(V2_173.jpg) 27位からどこまで順位を上げられるか 1895年 特別紙幣の印刷に移行 イギリスとの勢力圏争いの末、チベットを勢力圏に追加 ロシアがオスマンに屈辱で宣戦布告…なぜ屈辱? 英国相手にカットダウンのCBが発生。面倒なのでスルー 1896年 上級冶金術の研究に移行 ロシアがオスマンに屈辱を与え和平 中国で義和団の乱が発生、勢力圏から離脱し同盟が切れる その後中国を再度勢力圏に入れる。 1998年 統合鉄道システムを研究 南米あたりで戦争が起こるがこっちは暇 ヴュルテンベルク王国をオーストリアの勢力圏からはずし、勢力圏に編入 1899年 リッペ侯国、ヘッセン=ダルムシュタット方伯領から同盟を求めらたので承諾 1900年 反合理的哲学を研究、社会的疎外の研究に移行、その後浸透戦術の研究に移行 しかし平和である。反乱軍すら沸かない、ポルトガルとか日本が中核州奪回で戦争してくれないだろうか と思ってたら、コロンビアが反乱軍に占拠されかけていたので掃討しに行く 中国が文明化!13位になる。日本は19位 #ref(V2_178.jpg) タイを勢力圏に追加 1901年 軍部主導主義の研究に移行、その後ボルトアクション式小銃の研究に移行 1902年 ロシアがオスマンに領土要求で宣戦布告 ベルギーを勢力圏に追加 オランダ、ザクセン=コーブルク=ゴータ公国から同盟を打診され、承諾 蒸気タービン艦の研究に移行 北極点に1番乗りで威信が105も手に入った 1903年 戦車工場が稼動し、戦車の生産が可能になる。定数不足の歩兵連隊を解体し戦車に変える オランダを勢力圏に追加 ロシアがオスマンに2ステート割譲させ和平 陸軍下士官訓練の研究に移行 1904年 イギリスが1位に返り咲く 間接砲撃の研究に移行 デンマークから同盟を求められ承諾 1905年 シフト勤務の研究に移行 勢力圏の国の反乱軍を掃討したりする。そういえば今回自国で反乱がほぼ起こらない アンハルトと同盟を結ぶ **ヨーロッパ秩序に変革を [#wc67383e] 1906年 職業軍人精神(海軍)の研究に移行、その後外洋海軍派と沿岸海軍派の研究に移行 オスマンが列強落ちし、ついに中国が列強に。しかもいきなりプロシアを抜いて7位! いったいどこまで伸びるだろうか。ちなみに日本は14位 ビルマを勢力圏に追加 9月5日 CBは来なかったが、オーストリア・ハンガリーに宣戦布告 敵正規兵115動員込み403と数を集めてくる。同盟国はザクセン王国だけで動員込み9 ただこの数が全て本国にいるので厄介である イタリアは世界各地から少しづつ引き抜いたりして23師団と親衛隊軍団52連隊 技術差で押しつぶす方向で 最初は双方毒ガスが通用したが、11月に毒ガス防御を先んじて発明し一気に有利に 11月11日ヨーロッパの同盟国に同盟の履行を要求、リッペ侯国以外は参戦 プロイセン、ベルギー、オランダ、ポルトガル、アンハルト、ザクセン=コーブルク=ゴータ、 フランクフルト、ヘッセン、ヴュルテンベルク、画像の時は忘れていたがデンマークも参戦 ただプロイセンの連隊数が前回と変わっていなかった… 1907年 革命と反革命の研究に移行。NFが6個に 今回最大の戦闘 #ref(V2_201.jpg) 3月2日の戦闘で敵国の連隊数が0に、親衛隊を中心に塗り絵をする 1908年 ザクセン王国と白紙和平 フランクフルト、デンマークが白紙和平 発電機の研究に移行 3月12日にTirolとCroatiaの2ステートの割譲で和平、戦勝点77。東スイス領との間を分断 #ref(V2_207.jpg) 1909年 組織化工場、証券取引所、商業銀行の研究に移行 連隊数が1000を超える 2月にオスマン相手にステート獲得のランダムCBが発生 まだロシアと戦争中だったので終結まで待つ 5月にロシアがステートを割譲させ和平、即部隊を配置し6月1日宣戦布告 敵連隊数動員込み104、同盟は衛星国の2国のみ連隊数合わせて6 海上封鎖をし適当に輸送し戦闘と占領を行う。毒ガスが役立つ 1910年 5月にオスマンにトリポリを割譲させ和平。 北アフリカのでっぱていたステートで、これにより国境がきれいになり本国から行き来もしやすくなった 投資銀行、民間銀行発行紙幣の印刷の研究に移行 ここで現在の状況を 列強達 いつのまにか威信だけなら1位に 左側と右側の落差がすごい #ref(V2_217.jpg) 与党をあまり変えない所為で保守系が多くなり改革が進まなくなった。 というか官僚多すぎ。貴族も見えないが結構居るのが。 #ref(V2_219.jpg) 謎のプロイセン領が北の端に、そんなに植民したかったか 他にはロシアが大きめ? 殖民は大勝利か、アフリカの南側をイギリスにとられるのは仕方が無い ver1.3だと北アフリカがフランス、南アフリカがイギリス領になる気がする 東南アジア方面も地味に確保できた #ref(V2_MAP_ITA_1910.7.2_1.jpg,,40%,) 9月にようやく弩級戦艦(ドレッドノート)が発見される。とりあえず100隻発注 10月ビルマに外交団を包囲されるCBが発生。勢力圏編入で宣戦布告 駐屯軍を使い敵の部隊全3連隊を殲滅。占領を開始 ついでにタイ、チベット、ムガル帝国を同盟宣戦させる。 1911年 電気炉の研究に移行 コロンビアがベネズエラにステートの割譲を求め宣戦布告。ベネズエラの同盟国は逃げ出した 同盟宣戦を求められたので承諾。2個師団と巡洋艦艦隊を送り込む。やはり毒ガスが効く コロンビアの同盟はイタリアと中央アメリカ連邦。主導国になったので近くに領土があるオランダを参戦させる 数だけはいる海軍と戦闘になったが勝利、封鎖を行う オランダ領東南アジアにまた反乱軍が沸いていたので掃討してあげる。すばらしい宗主国だよなあ 1912年 市場規制の研究に移行 1月ビルマと勢力圏に編入で和平 12月にベネズエラにコロンビアに対してステート割譲で和平させる。必要戦勝点多すぎ #ref(V2_224.jpg) 1914年 航空機を研究、その後海軍計画、中央銀行発行紙幣の印刷、海軍士官の意思決定のを行う decisionの女性に参政権を認める、バルフォア宣言を行う 1915年 エチオピア南のNegele以外の植民地のステート化が完了する。 Negeleには南イタリア人が来ない…、1プロビだし失業者も居るからだろうが 10月29日に20年前と同じCBが発生(画像はそのときの) #ref(V2_174.jpg) まーたローマが轟沈したのか(呆れ 前回は面倒なのでスルーしたが、2度もやるとは故意としか考えられない ここで我が国の覇権を示そうではないか! [[両シチリアから見る世界 第六話]]
タイムスタンプを変更しない
[[両シチリアから見る世界]] *研究の時代 (1894~1915) [#lf62783c] **東アジアの夜明け [#qbe141fe] 1894年 ライン生産方式の研究に移行。ついでにこの時点での研究は 陸軍4/4/4/4/4 海軍3/4/1/1/1 商業1/1/1/3/1 文化1/5/5/4/1 工業5/4/4/4/5 日本が近代化! #ref(V2_173.jpg) 27位からどこまで順位を上げられるか 1895年 特別紙幣の印刷に移行 イギリスとの勢力圏争いの末、チベットを勢力圏に追加 ロシアがオスマンに屈辱で宣戦布告…なぜ屈辱? 英国相手にカットダウンのCBが発生。面倒なのでスルー 1896年 上級冶金術の研究に移行 ロシアがオスマンに屈辱を与え和平 中国で義和団の乱が発生、勢力圏から離脱し同盟が切れる その後中国を再度勢力圏に入れる。 1998年 統合鉄道システムを研究 南米あたりで戦争が起こるがこっちは暇 ヴュルテンベルク王国をオーストリアの勢力圏からはずし、勢力圏に編入 1899年 リッペ侯国、ヘッセン=ダルムシュタット方伯領から同盟を求めらたので承諾 1900年 反合理的哲学を研究、社会的疎外の研究に移行、その後浸透戦術の研究に移行 しかし平和である。反乱軍すら沸かない、ポルトガルとか日本が中核州奪回で戦争してくれないだろうか と思ってたら、コロンビアが反乱軍に占拠されかけていたので掃討しに行く 中国が文明化!13位になる。日本は19位 #ref(V2_178.jpg) タイを勢力圏に追加 1901年 軍部主導主義の研究に移行、その後ボルトアクション式小銃の研究に移行 1902年 ロシアがオスマンに領土要求で宣戦布告 ベルギーを勢力圏に追加 オランダ、ザクセン=コーブルク=ゴータ公国から同盟を打診され、承諾 蒸気タービン艦の研究に移行 北極点に1番乗りで威信が105も手に入った 1903年 戦車工場が稼動し、戦車の生産が可能になる。定数不足の歩兵連隊を解体し戦車に変える オランダを勢力圏に追加 ロシアがオスマンに2ステート割譲させ和平 陸軍下士官訓練の研究に移行 1904年 イギリスが1位に返り咲く 間接砲撃の研究に移行 デンマークから同盟を求められ承諾 1905年 シフト勤務の研究に移行 勢力圏の国の反乱軍を掃討したりする。そういえば今回自国で反乱がほぼ起こらない アンハルトと同盟を結ぶ **ヨーロッパ秩序に変革を [#wc67383e] 1906年 職業軍人精神(海軍)の研究に移行、その後外洋海軍派と沿岸海軍派の研究に移行 オスマンが列強落ちし、ついに中国が列強に。しかもいきなりプロシアを抜いて7位! いったいどこまで伸びるだろうか。ちなみに日本は14位 ビルマを勢力圏に追加 9月5日 CBは来なかったが、オーストリア・ハンガリーに宣戦布告 敵正規兵115動員込み403と数を集めてくる。同盟国はザクセン王国だけで動員込み9 ただこの数が全て本国にいるので厄介である イタリアは世界各地から少しづつ引き抜いたりして23師団と親衛隊軍団52連隊 技術差で押しつぶす方向で 最初は双方毒ガスが通用したが、11月に毒ガス防御を先んじて発明し一気に有利に 11月11日ヨーロッパの同盟国に同盟の履行を要求、リッペ侯国以外は参戦 プロイセン、ベルギー、オランダ、ポルトガル、アンハルト、ザクセン=コーブルク=ゴータ、 フランクフルト、ヘッセン、ヴュルテンベルク、画像の時は忘れていたがデンマークも参戦 ただプロイセンの連隊数が前回と変わっていなかった… 1907年 革命と反革命の研究に移行。NFが6個に 今回最大の戦闘 #ref(V2_201.jpg) 3月2日の戦闘で敵国の連隊数が0に、親衛隊を中心に塗り絵をする 1908年 ザクセン王国と白紙和平 フランクフルト、デンマークが白紙和平 発電機の研究に移行 3月12日にTirolとCroatiaの2ステートの割譲で和平、戦勝点77。東スイス領との間を分断 #ref(V2_207.jpg) 1909年 組織化工場、証券取引所、商業銀行の研究に移行 連隊数が1000を超える 2月にオスマン相手にステート獲得のランダムCBが発生 まだロシアと戦争中だったので終結まで待つ 5月にロシアがステートを割譲させ和平、即部隊を配置し6月1日宣戦布告 敵連隊数動員込み104、同盟は衛星国の2国のみ連隊数合わせて6 海上封鎖をし適当に輸送し戦闘と占領を行う。毒ガスが役立つ 1910年 5月にオスマンにトリポリを割譲させ和平。 北アフリカのでっぱていたステートで、これにより国境がきれいになり本国から行き来もしやすくなった 投資銀行、民間銀行発行紙幣の印刷の研究に移行 ここで現在の状況を 列強達 いつのまにか威信だけなら1位に 左側と右側の落差がすごい #ref(V2_217.jpg) 与党をあまり変えない所為で保守系が多くなり改革が進まなくなった。 というか官僚多すぎ。貴族も見えないが結構居るのが。 #ref(V2_219.jpg) 謎のプロイセン領が北の端に、そんなに植民したかったか 他にはロシアが大きめ? 殖民は大勝利か、アフリカの南側をイギリスにとられるのは仕方が無い ver1.3だと北アフリカがフランス、南アフリカがイギリス領になる気がする 東南アジア方面も地味に確保できた #ref(V2_MAP_ITA_1910.7.2_1.jpg,,40%,) 9月にようやく弩級戦艦(ドレッドノート)が発見される。とりあえず100隻発注 10月ビルマに外交団を包囲されるCBが発生。勢力圏編入で宣戦布告 駐屯軍を使い敵の部隊全3連隊を殲滅。占領を開始 ついでにタイ、チベット、ムガル帝国を同盟宣戦させる。 1911年 電気炉の研究に移行 コロンビアがベネズエラにステートの割譲を求め宣戦布告。ベネズエラの同盟国は逃げ出した 同盟宣戦を求められたので承諾。2個師団と巡洋艦艦隊を送り込む。やはり毒ガスが効く コロンビアの同盟はイタリアと中央アメリカ連邦。主導国になったので近くに領土があるオランダを参戦させる 数だけはいる海軍と戦闘になったが勝利、封鎖を行う オランダ領東南アジアにまた反乱軍が沸いていたので掃討してあげる。すばらしい宗主国だよなあ 1912年 市場規制の研究に移行 1月ビルマと勢力圏に編入で和平 12月にベネズエラにコロンビアに対してステート割譲で和平させる。必要戦勝点多すぎ #ref(V2_224.jpg) 1914年 航空機を研究、その後海軍計画、中央銀行発行紙幣の印刷、海軍士官の意思決定のを行う decisionの女性に参政権を認める、バルフォア宣言を行う 1915年 エチオピア南のNegele以外の植民地のステート化が完了する。 Negeleには南イタリア人が来ない…、1プロビだし失業者も居るからだろうが 10月29日に20年前と同じCBが発生(画像はそのときの) #ref(V2_174.jpg) まーたローマが轟沈したのか(呆れ 前回は面倒なのでスルーしたが、2度もやるとは故意としか考えられない ここで我が国の覇権を示そうではないか! [[両シチリアから見る世界 第六話]]
テキスト整形のルールを表示する
添付ファイル:
V2_MAP_ITA_1910.7.2_1.jpg
1032件
[
詳細
]
V2_224.jpg
716件
[
詳細
]
V2_219.jpg
750件
[
詳細
]
V2_217.jpg
749件
[
詳細
]
V2_207.jpg
825件
[
詳細
]
V2_201.jpg
808件
[
詳細
]
V2_178.jpg
782件
[
詳細
]
V2_174.jpg
881件
[
詳細
]
V2_173.jpg
786件
[
詳細
]